異人さん ボードレール
−お前は誰が一番好きか? 云ってみ給え、謎なる男よ、お前の父か、お前の母か、妹か、弟か? −私には父も母も妹も弟もいない。 −友人たちか? −今君が口にしたその言葉は、私には今日の日まで意味の解らない代ものだよ。 −お前の祖国か? −どういう緯度の下にそれが位置しているかをさえ、私は知っていない。 −美人か? −そいつが不死の女神なら、欣んで愛しもしようが。 −金か? −私はそれが大嫌い、諸君が神さまを嫌うようにさ。 −えへっ!じゃ、お前は何が好きなんだ、唐変木の異人さん? −私は雲が好きなんだ、……あそこを、……ああして飛んでゆく雲、……あの素敵滅法界な雲が好きなんだよ! 「パリの憂鬱」 訳・三好達治