立原道造 散歩詩集




連続して立原道造の世界。 

これは好きな詩でもあり、宝物でもある立原の自筆自装の手作り詩集「散歩詩集」。1933年夏の作品。 

工学設計士の彼の几帳面さが窺われる詩集です。 
当時から彼は錨や郵便マークを絵で表そうとしたり、文字を彩色・デザインしようと試みていました。 
今なら絵文字といったところでしょうか。非常におしゃれな詩集です。現在でもなんだか斬新なイメージを感じることができます。 
2001年に復刻され、立原記念館で購入しました。 










「魚の話」

或る魚はよいことをしたのでその天使がひとつの 
願をかなへさせて貰ふやうに神様と約束してゐたのである。 
かはいさうに!その天使はずゐぶんのんきだつた。 
魚が死ぬまでそのことを忘れてゐたのである。魚は 
最後の望に光を食べたいと思つた、ずつと海の底に 
ばかり生れてから住んでゐたし光といふ言葉だけ沈んだ帆前船や錨からきいてそれをひどく欲しがつてゐたから。が、それは果されなかつたのである。 










天使は見た、魚が倒れて水の面の方へゆるゆると、 
のぼりはじめるのを。彼はあはてた。早速神様に自 
分の過ちをお詫びした。すると神様はその魚を 
星に変へて下さつたのである。魚は海のなかに一す 
ぢの光をひいた、そのおかげでしなやかな海藻や 
いつも眠つてゐる岩が見えた。他の大勢の魚たち 
はその光について後を追はうとしたのである。 
やがてその魚の星は空に入り空の遥かへ沈んで行 
つた。 









「村の詩 朝・昼・夕」 

村の入口で太陽は目ざまし時計 
百姓たちは顔を洗ひに出かける 
泉はとくべつ上きげん 
よい天気がつづきます 


















郵便配達がやって来る 
ポールは咳をしてゐる 
ギルジニィは花を摘んでます  
きつと大きな花束になるでせう 
この景色を僕の手箱にしまひませう 




















虹を見てゐる娘たちよ 
もう洗濯はすみました 
真白い雲はおとなしく 
船よりもゆつくりと 
村の水たまりにさよならをする 


















「食後」 

そこはよい見晴らしであつたから青空の一とこ 
ろをくり抜いて人たちは皿をつくり雲の 
フライなどを料理し麺麭・果物の類を食べたのし 
い食欲をみたした日かげに大きな百合の花が咲 
いてゐてその花粉と密は人たちの調味料だつた 
さてこのささやかな食事の後できれいな草原に寝 
ころぶと人の切り抜いたあとの空には白く昼間 
の月があつた 








「日課」 

葉書にひとの営みを筆で染めては互に知ら 
せあつた そして僕はかう書くのがおきまりだ 
つた 僕はたのしい故もなく僕はたのしいと 
空の下にきれいな草原があつて明るい日かげに 
浸され小鳥たちの囀りの枝葉模様をとほしてと 
ほい青く澄んだ色が覗かれる 僕はたびたびそこ 
へ行つて短い夢を見たりものの本を読んだり 
して毎日の午後をくらした 僕の寝そべって 
ゐる頭のあたりに百合が咲いてゐる時刻である 
郵便〒配達のこの村に来る時刻である 
きつとこの空の色や雲の形がうつつて それで 
かう書くのがおきまりだつた 僕はたのしい 
故もなしに僕はたのしいと 










(目次最後の第五詩 悲歌は本文なし)

コメント

このブログの人気の投稿

朝の食事   ジャック・プレヴェール

立原道造 虹の輪