詩の味わい

このページは、無名詩人 大手礼二郎(故人)の詩と、古今東西にわたる多くの詩人の有名詩を歌っていくページです。大手礼二郎詩集「風の思惑」と未刊の第二詩集以後、補遺、その他、管理人が好きな詩を中心に紹介して行きます。

2011年2月2日水曜日

異人さん ボードレール

−お前は誰が一番好きか? 云ってみ給え、謎なる男よ、お前の父か、お前の母か、妹か、弟か? 
−私には父も母も妹も弟もいない。 
−友人たちか? 
−今君が口にしたその言葉は、私には今日の日まで意味の解らない代ものだよ。 
−お前の祖国か? 
−どういう緯度の下にそれが位置しているかをさえ、私は知っていない。 
−美人か? 
−そいつが不死の女神なら、欣んで愛しもしようが。 
−金か? 
−私はそれが大嫌い、諸君が神さまを嫌うようにさ。 
−えへっ!じゃ、お前は何が好きなんだ、唐変木の異人さん? 
−私は雲が好きなんだ、……あそこを、……ああして飛んでゆく雲、……あの素敵滅法界な雲が好きなんだよ! 



「パリの憂鬱」 
訳・三好達治 




2011年1月16日日曜日

砂浜で 大手礼二郎

「砂浜で」 大手礼二郎




風が 吹けば
風はほほを 愛撫する
・・・・・・いとしさに




なぎさに 今日も潮がよせて
ひょうとなる 貝のから




僕はその中に聞く 
きらびやかな 蝶の抑揚
──遠く 忘れていたもの




さりげなく 目をとじて
まつげに 春の息吹をしのぶ




風が吹けば
僕はそっと 君の名を呼んでみよう
愛してる・・・・・・と


2011年1月6日木曜日

中原中也 羊の歌 III

「山羊の歌」より。 


III  

 我が生は恐ろしい嵐のやうであった、 
 其処此処に時々陽の光も落ちたとはいへ。 
             ボードレール 



九歳の子供がありました 
  
女の子供でありました 
           
世界の空気が、彼女の有であるやうに 
           
またそれは、凭(よ)つかかられるもののやうに 
  
彼女は頸(くび)をかしげるのでした 
  
私と話してゐる時に。 

    

私は炬燵(こたつ)にあたつてゐました 
  
彼女は畳に坐つてゐました 
  
冬の日の、珍しくよい天気の午前 
     
私の室(へや)には、陽がいつぱいでした 
  
彼女が頸かしげると 
      
彼女の耳朶(みみのは) 陽に透きました。 

  

私を信頼しきつて、安心しきつて 
           
かの女の心は蜜柑(みかん)の色に 
           
そのやさしさは氾濫するなく、かといつて 
  
鹿のやうに縮かむこともありませんでした 
  
私はすべての用件を忘れ 
           
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(がんみ)しました。 




**可愛らしい子供の仕草を微笑ましく眺める大人の心境を、 
実に文学者っぽく事象を鋭く切り取って表現しています。 

首をかしげるのが、そこに子供だけがよりかかることのできるもの(空気)がある、 
というのはなかなかできない観察です。

2011年1月4日火曜日

立原道造 散歩詩集




連続して立原道造の世界。 

これは好きな詩でもあり、宝物でもある立原の自筆自装の手作り詩集「散歩詩集」。1933年夏の作品。 

工学設計士の彼の几帳面さが窺われる詩集です。 
当時から彼は錨や郵便マークを絵で表そうとしたり、文字を彩色・デザインしようと試みていました。 
今なら絵文字といったところでしょうか。非常におしゃれな詩集です。現在でもなんだか斬新なイメージを感じることができます。 
2001年に復刻され、立原記念館で購入しました。 










「魚の話」

或る魚はよいことをしたのでその天使がひとつの 
願をかなへさせて貰ふやうに神様と約束してゐたのである。 
かはいさうに!その天使はずゐぶんのんきだつた。 
魚が死ぬまでそのことを忘れてゐたのである。魚は 
最後の望に光を食べたいと思つた、ずつと海の底に 
ばかり生れてから住んでゐたし光といふ言葉だけ沈んだ帆前船や錨からきいてそれをひどく欲しがつてゐたから。が、それは果されなかつたのである。 










天使は見た、魚が倒れて水の面の方へゆるゆると、 
のぼりはじめるのを。彼はあはてた。早速神様に自 
分の過ちをお詫びした。すると神様はその魚を 
星に変へて下さつたのである。魚は海のなかに一す 
ぢの光をひいた、そのおかげでしなやかな海藻や 
いつも眠つてゐる岩が見えた。他の大勢の魚たち 
はその光について後を追はうとしたのである。 
やがてその魚の星は空に入り空の遥かへ沈んで行 
つた。 









「村の詩 朝・昼・夕」 

村の入口で太陽は目ざまし時計 
百姓たちは顔を洗ひに出かける 
泉はとくべつ上きげん 
よい天気がつづきます 


















郵便配達がやって来る 
ポールは咳をしてゐる 
ギルジニィは花を摘んでます  
きつと大きな花束になるでせう 
この景色を僕の手箱にしまひませう 




















虹を見てゐる娘たちよ 
もう洗濯はすみました 
真白い雲はおとなしく 
船よりもゆつくりと 
村の水たまりにさよならをする 


















「食後」 

そこはよい見晴らしであつたから青空の一とこ 
ろをくり抜いて人たちは皿をつくり雲の 
フライなどを料理し麺麭・果物の類を食べたのし 
い食欲をみたした日かげに大きな百合の花が咲 
いてゐてその花粉と密は人たちの調味料だつた 
さてこのささやかな食事の後できれいな草原に寝 
ころぶと人の切り抜いたあとの空には白く昼間 
の月があつた 








「日課」 

葉書にひとの営みを筆で染めては互に知ら 
せあつた そして僕はかう書くのがおきまりだ 
つた 僕はたのしい故もなく僕はたのしいと 
空の下にきれいな草原があつて明るい日かげに 
浸され小鳥たちの囀りの枝葉模様をとほしてと 
ほい青く澄んだ色が覗かれる 僕はたびたびそこ 
へ行つて短い夢を見たりものの本を読んだり 
して毎日の午後をくらした 僕の寝そべって 
ゐる頭のあたりに百合が咲いてゐる時刻である 
郵便〒配達のこの村に来る時刻である 
きつとこの空の色や雲の形がうつつて それで 
かう書くのがおきまりだつた 僕はたのしい 
故もなしに僕はたのしいと 










(目次最後の第五詩 悲歌は本文なし)