詩の味わい

このページは、無名詩人 大手礼二郎(故人)の詩と、古今東西にわたる多くの詩人の有名詩を歌っていくページです。大手礼二郎詩集「風の思惑」と未刊の第二詩集以後、補遺、その他、管理人が好きな詩を中心に紹介して行きます。

2011年1月6日木曜日

中原中也 羊の歌 III

「山羊の歌」より。 


III  

 我が生は恐ろしい嵐のやうであった、 
 其処此処に時々陽の光も落ちたとはいへ。 
             ボードレール 



九歳の子供がありました 
  
女の子供でありました 
           
世界の空気が、彼女の有であるやうに 
           
またそれは、凭(よ)つかかられるもののやうに 
  
彼女は頸(くび)をかしげるのでした 
  
私と話してゐる時に。 

    

私は炬燵(こたつ)にあたつてゐました 
  
彼女は畳に坐つてゐました 
  
冬の日の、珍しくよい天気の午前 
     
私の室(へや)には、陽がいつぱいでした 
  
彼女が頸かしげると 
      
彼女の耳朶(みみのは) 陽に透きました。 

  

私を信頼しきつて、安心しきつて 
           
かの女の心は蜜柑(みかん)の色に 
           
そのやさしさは氾濫するなく、かといつて 
  
鹿のやうに縮かむこともありませんでした 
  
私はすべての用件を忘れ 
           
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(がんみ)しました。 




**可愛らしい子供の仕草を微笑ましく眺める大人の心境を、 
実に文学者っぽく事象を鋭く切り取って表現しています。 

首をかしげるのが、そこに子供だけがよりかかることのできるもの(空気)がある、 
というのはなかなかできない観察です。

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